丹沢の麓から

アクセスカウンタ

zoom RSS 野町和嘉写真展「バハル再訪」と「ヒマラヤ仏教圏」

<<   作成日時 : 2013/08/27 18:45   >>

ナイス ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

 野町和嘉氏の二つの写真展を見てきました。

 
画像


最初に品川のキャノンギャラリーSの「バハル再訪」です。
写真展情報から作者のメッセージは
 
ヨーロッパから持ち込んだ四輪駆動車を駆ってナイル川踏査の旅を開始したのは、1980年10月、体力だけは自信にあふれた34歳のときだった。全アフリカを凝縮したナイル川流域の多様な自然と人々の暮らしは、それまでサハラ砂漠をたびたび訪れ、アフリカに取り憑かれた私をすっかり魅了した。なかでもスーダン南部、サッドと呼ばれる湿原・サバンナ一帯で営まれていた、数千年来かわらない、文明以前とも言える、人と牛の共存社会は衝撃的だった。だが不幸なことに、歴史的に、スーダン北部に暮らすイスラム教徒による、奴隷の草狩り場でしかなかったこの地域は、1983年から、終わりなき内戦と飢餓の凄惨な原野と化していった。2011年、南スーダンが分離独立を果たして旅が可能になったのを契機に、あの牧畜社会はどうなったのか、ぜひとも見届けたいと熱望するようになった。そして実に32年という歳月を経て、私は、牛と人が共存するあの果てしない原野に立つことが出来たのだった。当然のことながら時代の波はアフリカ最奥地にも到達してはいたが、ディンカ族、ヌエル族と呼ばれる牧畜民と牛たちが、牛糞の煙るなかで共に生き延びる暮らしは脈々と受け継がれていた。「バハル」とは、アラビア語で川や海を意味し、この地ではナイル川を指してそう呼んでいる。

 
画像

画像

画像


次にキャノンギャラリー銀座の「ヒマラヤ仏教圏」です。
写真展情報から作者のメッセージは
 
 ヒマラヤからチベットにかけて、ユーラシアの尾根をなす極限高地に敬虔な仏教圏が広がっている。生産力に乏しい高地の風土により培われた生命観をもとに、チベットの人々は、インドより受け継いだ仏教信仰を独特の感性で深めていった。日本をはじめとする他の仏教国が時代とともに俗化して、宗教と次第に距離を置いていったのとは対照的に、輪廻思想を根底に据えた仏教の教えを益々高めてゆき、独自の社会を築いてきた。現在、西欧で仏教と言えばチベット仏教を指すまでに広まっていったその根底にあるものは、チベット・ヒマラヤの限られた生態系のなかで培われてきた、生命の平等に根ざした楽天的な優しさなのである。

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
野町和嘉写真展「バハル再訪」と「ヒマラヤ仏教圏」 丹沢の麓から/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる